縫いたい

まだまだ、しびれは弱くはなったが、今もある。
そのために治療中。
頭痛も時々と言うか、長時間ではないがほぼ毎日ある。
腰や股関節、太ももの筋肉いろいろなところが突然おかしくなる。

でも、いろいろ縫いたいものがわいてくる、
作りたいものが出てくる、
縫わなければならないものも。
そして、編みたいと言う事も、

無い物ねだり状態、
「まだ手先を使う事、細かいことはしてはいけません」
そう言われたのは11月だった、
もう時間はかなり経っているが、、まだこの状態ではだめだろうなと思いながらも
聞いて見た
「まだ、だめです」分かっていた答えが返ってきました。

このシーズンの物が終わるねたぶん。

そのうち出来ると信じて、忍耐しますが、、
やりたいことができないのはつらいです。

手話の公演見て、ノート取るのもNGです、
疲れて、、iPadにだとなおさら、それを手で持ち続けて書くのはまだ首に負担が大きい
少しやって、肩にこわばりを感じてやめるが、その後頭痛がしたり、
そのたびに、まだ駄目だと後悔する。

改めて、健康について考慮する。

健康について、

テレビを見ていて、分かったこと

以前の私は、風邪ひきのデパートと言われたこともある
シーズン中いろいろなタイプの風邪を軒並み経験する人だった。
病院に行かない月は無い。
体力もない、ボロボロ、
医師が言った「まるで慢性慰労症候群状態」と
そして頻繁にいろいろな難病などを疑い調べるが、確答しない。
痛みもひどかった、立てないときもあった、

そのような時期に、度重なる交通事故に遭った。

夫が来年は車いすだろうからと、杖を突きながらの私を仕事を調整して休みを作ってホビーショーに連れて行ってくれたことがあった。
会場で車いすの人を見て言ったのは「車いすになってもつれて来るからな」と

しかし、私に奇跡が起きた、杖が不要になった、
どんどん歩けるようになり、

そして、めったに風邪もひかなくなって、かかってもすぐに治るようになった、
補聴器で蒸れて菌が入り炎症を起こしやすかった耳も、用心しているのもあるが
耳鼻科に治療に行くこともなくなった、菌に強くなった。

何がきっかけか、いくつかあるが、その一つが事故の時の治療方法、
それは私が努力できることではないが、一つだけそこで教えられて続けたスクワット

丁度その頃に始めた、ナチュラルハイジーン、この食事の方法が、功を奏した。

食事に対する考え方、何が良くて何が悪いかとか、

その時に食べ始めたのが玄米、またはそば、そして野菜中心、果物
水を摂取することなど、
それを始めてすぐにすごい勢いで肥満体が標準体型になった。
疲れにくくなった、
手の慢性的な痺れが取れた。
あるイベント会場で血流検査したら、サラサラだった。
かかりつけの医師の所で健康診断しに行ったら
「しばらく来ないから病院を替えたと思っていた」と皮肉を言われたが
結果を聞きに行ったときには「他の人のと間違えたかと思った、すべての数値が良くなっている、
これなら病院に来る病気にもなっていなかったんだね」と驚かれた。
どんどん健康になって、
油断した、夫が玄米を食べたがらない、食事を別々に食べていたが、夫に合わせた食事をするようにしたら、あっという間にリバウンド、
健康状態にも問題が出るようになった。
また、しっかり、頑張らねば、

先日テレビを見ていたら
免疫力を上げる食事の話「リポポリサッカラライド」についてやっていた、
サプリや薬ではないそうで、食事でとれるものは、、
玄米、そば・・・
そうか、そうだったんだ、私がこれを食べていた時に健康になったのは、
リポポリサッカライドを採っていたためだったのか。

ますます、頑張って続けようと思った、
アレルギーは多々あるが、花粉症とアトピーは殆ど治っている私は、もう後戻りしたくない。
先日の健康診断で、昨年問題があった二つのうちの一つは正常値になっていた、
そのための治療はしていない、自分で出来る努力をしたのみ
あと一息(もっとかも)
薬のアレルギーや副作用が出やすいので、出来るだけ自然治癒したい。

先月の健康診断で
血圧は正常
そして今回は二つの機械による測定
血管年齢と骨ウェーブ測定
血管年齢は、
実年齢が現在61歳と5か月ですが、
血管年齢は52歳と出ました。
弾力性に富んでいると書かれました。
骨ウェーブ測定結果は、AからEまでの中でBでした。
インターネットで調べたらCが普通とのことでした。

食事は大切ですね、何を食べるかがとくに大切。

以前の私からは信じられないほど長距離が歩けるようになって
疲れにくいです、体力を維持できるように、運動もしなければ、
無理しない程度に、

願望か?

今年に入ってから、二度も

耳が聞こえるようになった夢を見た。
目が覚めて、ぼんやりした頭で考えて、
声を出して話してみる、
自分が言っているから、何を言っているかはわかるが、
それは耳を通して入ってきた情報ではなく、
脳が理解しているものだからわかる、
分かるであって、聞こえるではない。
歩き始めて、タンスにぶつかった上から何か落ちたが「無音」だった、
落ちたものを見たら音が出ないわけがないものだった、
そうか、やっぱり聞こえていなかった。

それでも、何かのはずみで、聞こえるようになれたらいいと思ってしまう、
突発性難聴とかなら、回復もあるが、
聴神経がダメになって、今の医学では無理な分野だと言われているから
現時点の世界では、希望はない。

それでも、私は、聖書の中に書いてある、将来全ての人が健康体になれると言う希望を
信じている、だから、落ち込んで止まってはいない、
その時が来るのを希望をもって待っている。

やってしまいました。

慣れない場所での、

怪我

キャスター付きの椅子に、滑りの良い素材の服を着て座ったら

椅子が逃げて、落下しました。

尾骶骨に
ひびが入りました。
数日は、そんなに痛くないと、ただの打ち身でそのうち治ると思っていましたが。
(やっと、気管支炎が治りかけて残りの最後の薬を飲んでいた時でした)

落ちた時の様子を聞いた友人が、病院に行くことを勧めてくれて、
なんともないと言う証明がしたいと思って、四日目に、すぐ近くにできた病院に行きました。
結果、ひびが入っていました。
打ち身にしては、痣はない、筋肉などの痛みではない。
くしゃみをしたときに尾骶骨が痛い、階段を上がる時にも痛い。

そして、一週間経った今、痛みはひどくなった、昨日は円座を買って来た
以前夫に買ったものはぺしゃんこだったので。
薬のアレルギーが多いので、医師と相談して、痛みがある時は手持ちの鎮痛剤を飲む事にして
湿布だけを処方してもらったのだが、
薬局でその処方のシップが、私のアレルギーリストと照らし合わせて、
アレルギーを起こす成分が入っていることが判明して、薬剤師が医師に電話してくれた。
大丈夫な種類のシップが出されて、それを貼っている、
貼り始めて二日目に痛みが強くなって、もしかして、湿布でかもと考えた
過去にそうことがあったので、一日貼らないで様子を見たら、もっと痛くなり
夜貼った、貼ったらほどなくして痛みが和らいだ。
かばっているからか、あちこちが痛い、疲れる。

痛み慣れしているので、このぐらいは大丈夫かしらとつい動きすぎてしまう。
年齢も考慮して、控えめにしていよう、まずは治すことを優先して。

後で出ると言う、いろいろな症状を聞いて、しっかり、覚悟した。

人生初の骨折です。

咳と胸の痛み

先月の終わり頃から咳が続く

きっかけは風邪の症状、周りに風邪の人がいて、用心していてもうつったのかも
でも軽くて数日で治ったと思っていた、しかしその後咳が時々出た。
前は喘息があったので、また出たと思っていた。
仕方ないと放置、最初は頻繁に出るのではなく、夜だけだったし酷くもなかった。

徐々に咳は日中も、動いた時や、気温差のある時、
車から降りた時とかにも出るようになった。
少しずつ、頻度が増して、出始めると苦しいほどにもなってきていた。

それでも、マスクをすると苦しくなってもっと辛くなるので、してもすぐに外す。
出掛けるときもしないでいた、風邪ではないだろうからうつすものじゃないと。

今週の火曜日から、左の乳房の脇側と脇の下から二の腕の下にかけて時々痛い
水曜日にはずーっとではないが、時々の痛みが強烈になって いやな予感がした。
もしかして、乳癌?
そういえば忘れた頃にこの位置が痛むことがあった。
何をさておいても、調べる必要があると思った、手遅れにならない内に、
もう手遅れだったらどうしようとさえ思いながら。
木曜日に重い腰を上げて病院に行って検査してもらった。
受付の時点から、全て筆談してもらって、
触診では、しこりなど一切なく、問題ないでしょう、
でも、乳癌検査5年ぐらい前に受けたきりなので、マンモとエコー検査しましょうと言われた。
マンモはすぐに受けて、結果は後で連絡が来ると思う
エコーは予約で来年一月早々になった。
痛みは筋肉の痛みです、
何かしましたか?と言う。
もしかして3週間以上咳が出ていますが、一週間ぐらいはひどいですと言ったら
それの可能性もありますねと言う。

やっぱり、内科にも行こうと思って帰ってきて
午後かかりつけの内科に行く、
受付で、咳の事と喘息かもしれないことを言った。
待っている間に、看護師さんか女医さんか分からないが、近づいてきて
人差し指に小さな箱型の機械を挟む
後で調べてわかったがパルスオキシメーターと言うものだった。
出た数字を見せられた「90」何なのか、その数字の意味するものは?
診察室では男性の医師、
この医院は建物は五つもつながって並んでいて、いろいろな種類の科がそれぞれ独立してやっているが
内科は一番新しくて、医師が数人いる。
男性の医師もまずパルスオキシメーターを付けて測る、
次に聴診器で前と背中側を診てくれて、
今回は喘息ではなく、気管支炎ですと筆談で書いてくれる。
薬を出されたが、種類も量もすごい数。
咳が出ない時間のほうが長いのでそんなに大変とも思えないのだが、

でも、あの指につけたパルスオキシメーターとその数字はどういう位置づけになるのか
気になっていたので今日調べてみた、名称と、数字とその数字の持つ意味と、
血中酸素飽和度を調べる物だった、最高が100で100%の意味
正常値は95以上97~100が普通らしい
90以下では酸素吸入が必要とか、
えー、と言うことは
90って良くないんだ!
確かに少し動くと胸が苦しい、
でも私って、昔からほとんどこんな状態で、
見た目は健康だが、日常生活はどちらかと言うと、きつい、
頑張って何かすると、その後座ったら居眠り状態になる。
集中して何かしていても寝てしまってハッとすることがある
さすがに運転中までそれは起きないが、
疲れがたまると、危険と感じるので運転して出かけることは控える。
出掛けなければならない予定がある場合、疲れないようにその前の行動を慎んでいる。
そういえば、10月29日に大勢で、
友人宅に泊まっている共通の信条を持ったアメリカから旅行で来た若い子を交えて、
レストランで昼食して話をしている最中に
私は居眠りしていて皆に心配された。
あの時は咳は夜だけだった。

そうだったのか、この数字は、私の体の、酸欠状態を示していたのか、
慣れ過ぎていて、苦しいと感じなくなっていたのかも。
落ち着いて考えれば、今も胸が押さえられているような圧迫感がある、
この状態は確かに苦しいと言うことだ。

薬の量に納得した。

自分の体を一番知らないのが自分だったようだ。

今の咳をしっかり治さなくては、


そして、今後はよく考えて、気を付けて、行動しよう。

昔、限界をわきまえないとか、無茶すると言われていた。
体調の良い日なんてなかったから、自分に鞭打って動いていては、失敗した。
こんなだから、私より健康体の人が、少しの事で、動くのをやめたり休んだりするのが歯痒かった。

これは育ち方に原因がある、
小3から母の代わりに家事をしてきて、人より体が弱くて、
当時医師は百日咳が長引いていると診断したが、
大人になって分かったのは、あれば小児喘息だった、大人になってからのかかりつけの医師が
小児喘息を患っていた体だと言った、そのまま断続的に喘息が起きていた。
肺のレントゲンで肋膜炎の傷痕があると指摘されたこともあった。
それでも、体調が悪いからと朝の食事の準備をしないことはめったに許されなかった。
早朝に起きて薪でご飯を炊くことからやっていた、
その後父が私の負担を減らすために集落で一番最初に電気釜を買った。

ちょっと休もうものなら、怠けているとか、遊んでいると叱られた。
原因不明の足や手に絞りあげられているような痛みが思春期からあったが、
痛くて無意識のうちに痛いと言いながら耐えていると
母は「痛いと言って治るなら言って泣いていろ」怒った、それも許されなかったのだ。
我慢するのが当たり前、弱音を吐けば、怠けものだと言う考えの母だった。
だから、耐えるのが当たり前になってしまった。

耐え過ぎることが、その後いろいろと問題を起こしたが、医師に怒られる事もあった。
ストレスが原因の病気もたくさん経験した。我慢し過ぎは良くない。
でも他の生き方を知らないから、
やっと最近その呪縛から解放されつつある。
培われた性格は簡単に変わらないが、本来はどうあるべきなのが分かってきて
それに合わせて生きる様に努力しているから。

まだ、「がまん」じゃないと思っている状態でも、すでに一般的なことから見たら
とんでもない我慢だと言うことが多いので、自分をもっといたわるようにしている。

夫の見方は正常だから、助けられています。
プロフィール

ふるやま

Author:ふるやま
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